2017年3月2日木曜日

無意識と因果応報

 
 仏陀(Buddha)が語られた言葉に次のことがある。

 「それ故に、来世のために功徳(くどく)を積め。功徳は実にあの世における人々のよりどころであるからである。」(『ブッダの真理のことば・感興の言葉』(中村 元訳、岩波文庫、「第五章愛するもの 22」)

ユングの心理学では「集合的無意識」という概念がある。これは、父性のイメージである「父親元型」、母性のイメージである「母親元型」、自分の普段とは違う行動を起こす別の自分、つまり自分の「影」という「元型」、自分の自我の背後にあって自分自身を支えている中心的な何か、つまり「自己(セルフ)」という「元型」、自分の中の異性的なものなど、いろいろな「元型」という普遍的な無意識の集合である。これは習慣的に身についてできた「無意識」の深奥にあって、一度も意識されたこともなく、これからも意識されないであろう「何か」である。

ヒトのこのような「集合的無意識」は、遺伝子によるものではなかろうか?先日テレビで蟻たちの生態に関する映像を観た。自然の災害で蟻の巣が浸水の危険にさらされ、実際にありの巣の中に水が浸水する事態となった。そのとき蟻たちは集団で筏になり、その上に女王蟻や幼虫を載せて水面上を安全な場所に向かって移動を始めた。蟻たちは呼吸のため交代で筏になった。幼虫の幾つかは浮き袋代わりにした。それでも大部分の幼虫は救われる。蟻たちにこの集団行動を取らせたものはフェロモンによるコミュニケーションと本能であろう。これらはすべて蟻の遺伝子に組み込まれている筈である。

仏教では視覚的認識である「眼識」、聴覚的認識である「耳識」、嗅覚的認識である「鼻識」、味覚的認識である「舌識」、触角的認識である「身識」、知覚的認識である「意識」の六識に加え、潜在的な「意」として、常に自己中心的な考えをもつものとしての「末那(まな)識」(第七識)、次に心の中に蔵せられ、心の奥に横たわっているという意味の阿頼耶(ālaya)であり、それは「輪廻」の主体として、「業」や経験に従って常に変化しつつ連続するもの、「業」の潜在力(習慣力)としての「阿頼耶識」(第八識)、さらに無垢な識としての「阿摩羅識」(第九識)の九つの「識」があるとしている。

ここで「業」とは「因果業報」の業である。仏教では「霊魂」は不生不滅の実体ではなく、絶えず変化する現象学的な存在であるとする。「輪廻」の主体としての「霊魂」は業報にまとわれ、「業」と「報」から成っているとされる。(参考引用:『仏教要語の基礎知識』『仏教の基礎知識』、何れも水野弘元著、春秋社刊)

これら「識」のうち六識は明らかに遺伝子によるものである。第七識の「末那識」も経験学習で身につくものであろう。実際われわれの言動の大部分は無意識的である。ところが、第八識「阿羅耶識」は、遺伝子による「何か」と、生後の習慣・経験による「何か」で自分自身では知り得いないものであるとは考えられるが、まだそれは現代の科学では証明されていない。しかし、ヒトの性格については最新の分子生物学の知見で明らかになりつつある。

2017年1月7日土曜日

われわれは何処から来て何処に行くのか(2)


私たちが認識する世界は大自然そのものであり、生きとし生ける物すべてに生老病死があり、私たち人間だけが物事の善悪を判断し、意識をもって行動しているがそれは私たちが発達した脳をもっている生物であるにすぎないからである。私たち人間はそういう生物であるから勝手に「人生の目的」を考えるが、その目的は万人共通ではない。

私は阿弥陀仏(Amitāyus Buddha)が大宇宙そのものであると考える。人間は宇宙の営みに逆らうことは決して出来ない。17世紀の哲学者スピノザは「神は自然である」と言った。それは汎神論哲学と言われる。私はその哲学をさらに発展させて、「宇宙は生命体のようなものである」と思いたい。

そういう立場で人間は「善男子・善女人」として悪いことをせず、人間以外の生物のように全てを宇宙に委ね、現状のありのままを受け容れて自分の生死に逆らわず生きるならば、誰でも今の人生も後の人生も苦悩の無い人生になるだろう。勿論、人間であるから生老病死の苦を背負っている。その「苦」をありのまま受け容れて運命に対しては従容とした態度をとる。そういうことは人間だけができることである。勿論そのように従容とはしておれないのが多くの人間の有り様である。そういう態度は修養によってのみ身に付くものである。

他の生物に捕食される生物は捕食される前は逃げ回る。生物は他の生物に捕食されても自分の種を残すように、またなるべく他の生物に捕食されないように進化している。これが生物を多様にしている。生物は他の生物に捕食されたとき痛みを感じるだろうが、そのまま食べられている。人間だけはそのことを悲惨に感じ、残酷に感じる。人間は自分が殺されることを恐れるが、殺された後自分の魂は残ると考える。他の生物にはそのような考えはない。

自分の死はそれで全て終わりではなく、いわゆる「あの世」に生きることになる。それが宇宙の定めである。そのように信じることができれば「この世」での迷いは無くなる。宇宙を阿弥陀仏(Amitāyus Buddha)であると考えるならば、宇宙はそのようにして人間と言う生物に救いの手を差し延べてくれていることになる。まだ哲学として確立していないが、私はそのような方向で思索中である。生物学・量子科学・宇宙科学などの知見やAI技術などは将来人間を宇宙に帰一させる哲学を生むかもしれない。


われわれは何処から来て何処に行くのか(1)


138億年前に我々の宇宙が誕生した時はプラズマ状態であった。我々の宇宙の99%はプラズマであると言われる。太陽はそれ自体プラズマであり、太陽フレアによる太陽風もプラズマである。プラズマとは原子や分子から電子が離れ、イオンと電子が混在した状態である。

プラズマという言葉の語源はラテン語のplasmaにあり、その意味は「形造られたもの」である。近代科学においてこの言葉が用いられ始めたのは19世紀の後半である。それは医学における血漿(blood plasma)、または生物学におけるまたは原形質(protoplasma)である。

我々が実際に見るプラズマ現象はオーロラや雷や蛍光灯などである。オーロラは太陽風と地球磁場の相互作用によって起きる放電現象である。稲妻は地上と上空の間の温度差が一定以上になると上昇または下降気流に乗って雲の中の氷の粒同士が激しく衝突し合うことにより静電気が生じ、地上との間の電位差が大きくなって起きるものである。

雷鳴は積乱雲と地表面の間の放電路にある大気の温度差により空気の流れが音速を超えた時に起きる衝撃音である。蛍光灯はその管の中にアルゴンや水銀蒸気が封入されていて、このガスに高電圧の電界を加えるによってガス分子が電離しイオンと電子になることにより蛍光灯管内はプラズマ状態になる。このイオンと電子が再結合して元の分子に戻るとき紫外線が出る。これが蛍光管内側に塗布された蛍光体に照射されて可視光として発光する。

太陽はその中心核で水素の核融合反応が起きている。この中心核で強大な重力とそれによる高温度により水素原子が衝突し合って、水素原子核4つからヘリウム原子核1つが合成されている。核融合は原子核同士が融合してより重い核種になることである。因みに核分裂は原子核が中性子を吸収して複数の軽い原子核に分裂し、連鎖的に核崩壊することをいう。いずれの場合も発生量は物理的に違うが E=MC2(2) の強大なエネルギーを発生する。

太陽の中心部は太陽核とも中心核とも呼ぶが、その中心部で起きる核融合により非常に高いエネルギーが生み出されている。この高エネルギーは光子のガンマ線やX線である。この光子が太陽の表面に届くまでには17万年かかると推定されている。対流層から光球の表面に至った後、光子は可視光として飛び出す。太陽光は我々にとって恵みであるが、太陽フレアは我々に様々な被害を与える。このフレアの観測・予報は宇宙天気として報じられる。

太陽の核融合が進むと徐々にヘリウムが中心核付近に溜まってゆく。約50億年後には中心核にある水素は枯渇して全部ヘリウムに変わり、太陽は赤色矮星になる。その前にこの地球上の生命は途絶えてしまうことになる。太陽の活動は我々の生存に大きく関わっている。

あらゆる生物はそれぞれ自己保存のため最適な方法を獲得するように進化してきて、今も進化を続けている。ヒト種の生物である人類はアフリカの地溝地帯でチンパンジーから分岐して誕生し、ユーラシア大陸に移動して火を使うようになった。それ以来人類は何時でも何処でも利用できるエネルギーを手に入れる技術を開発し発展させてきた。現在我々はこの地球上で核融合により安定的かつ効率的なエネルギーを得る方法を実用化しつつある。

ヒト種の生物である人類がほかの生物と異なるところは、人類が二足歩行し言語を用い想像力を持っていることである。このため人間は自分の意識を、時間と空間を超えて自由自在に融通無碍に広大無辺に延伸させることができる。

生物には「自己の種を残す」ため有している根本的な自己保存機能があるが、人間は自分の意識を時間・空間を超えて延伸させることによっても自己を保存することができる。例えば切腹した志士の名誉は後世に語り継がれる。人間のそのような自己保存機能が発現されている状態として、私は「真理」の探求・「善」への精進・「美」への感動の三つがあると考える。これは「ヒト」種の生物の人類である人間独自のものである。

「真理」の探求の結果として誕生したもの一つが「人工太陽」とも言われる核融合装置である。核融合装置においてはプラズマ状態にある炉内で重水素(deuterium)と三重水素(tritium)を衝突させてヘリウムと中性子を得る。この中性子は炉内でプラズマを包むように作られるブランケットに含まれるリチウムに衝突して核反応を起こして熱を発生させるとともに三重水素を生成する。この熱を発電に利用するとともに、生成された三重水素を再利用する。重水素は水に含まれている。三重水素は酸素と結びついたトリチウム水として水に混在している他、大気中にはトリチウム水蒸気・トリチウム水素・炭化トリチウムの形で、それぞれ水蒸気、水素、炭化水素として混在している。つまり核融合を起こさせるため必要な物資は我々の身近なところに存在している。

核融合発電装置では炉内にプラズマ状態を作るため非常に多くのエネルギー(加熱入力)を必要とする。核融合出力が加熱入力に比べ十分大きくないと採算がとれない。しかし日本の実験炉(JT-60 )は世界に誇る装置であり、これを運用して日本も参加している国際的な核融合エネルギーの実現性を研究するための実験施設(ITER)の活動に必要な技術的資料・管理的資料などを収集し、提供している。因みに日本はプラズマを発生させるための超電導コイルの分野で先進的な役割を担っている。

地上に届く太陽光には可視光線・赤外線と紫外線が含まれている。紫外線は生命の維持に有害であるが、上空のオゾン層によって遮られているため生命活動が維持できている。原始地球上で無生物的有機化合物が化学進化的に合成され、原始海洋にアミノ酸や核酸塩基などが自然に生成された。その後酸素を発生させるバクテリアや化学合成細菌が現れた。

その酸素が太陽から降り注いだ紫外線または高いエネルギーを持つ電子と酸素分子の衝突によりオゾンになる。質量の大きいオゾンは紫外線を直接受けやすい上空の対流圏外で地球を包むように存在して原始地球上に誕生した生命の維持に役立った。そして地球上に現在のような生物が存在するようになった。真核生物である我々人類(生物学上‘ヒト’)の細胞もパン酵母の細胞も全く同じ構造をしていて、細胞内に核を持ち、その核の中にDNAが収められている。人間は他の生物と違う、と思っているが他の生物と変わらぬ部分が多い。

人間は自然界から年間2400μSv(= 2.4 mSv)前後の放射線の被曝を受けていると言われている。国際線の乗組員や航空機で頻繁に海外出張している人たちは更に多くの放射線を受け被ばくしている。放射線は我々の体の細胞内でDNAを構成する分子の一部をイオン化してDNAに損傷を与える。一方、紫外線はDNAを構成する分子内の原子を励起することによってDNAに損傷を与える。この損傷によってDNAの複製時にエラーが発生する。

放射線や紫外線によりDNAが損傷を受けたとき、それを修復するプログラムはDNAに予め書き込まれている。エラーが生じているDNAによって新たな細胞が作られた場合、その細胞は自動的に破壊される。そのほか生物には生命を維持するため免疫力を供えているなど様々な機能が備わっている。これはこの地上のすべての生物に、それぞれ進化の過程で自ずと備わってきた自己保存機能である。

人間はフロンなど塩素を含む化学物質が大気中に放出し、オゾン層を破壊している。人間は燃焼、窒素肥料の使用、化学工業(硝酸などの製造)などにより大気中に亜酸化窒素を放出しているが、これも紫外線で分解されて一酸化窒素が生成され、その一酸化窒素がオゾン層を破壊している。国際的な協調でオゾン層を破壊する物質の排出を抑えようとしているが人間の自己保存活動が人間自身の自己保存を危うくしている。

我々はこの宇宙の中の数々の星々の中の一つであるこの地球上にあって、「我々は何処から来たのか。そして何処へ行くのか」と問い続けている。「プラズマ物理科学」はその問いの一つとして「真理」を探究する科学である。その科学の系譜は紀元前6世紀のタレス、前4世紀のアリストテレス、16世紀のコペルニクス、17世紀のガレリオ、17・18世紀のニュートン、19世紀のマックスエル、19・20世紀のアインシュタインと受け継がれ、そして20世紀から今世紀に日本の小柴昌俊によるニュートリノの観測成功やニュートリノに質量があることの確認、そしてアメリカのLIGOによる重力波の観測成功などにつながる。

人の一生は限られているが科学の知見は受け継がれ発展してゆく。人間は現在この地球上で太陽と同じような核融合で電力を得ようとしている。宇宙で太陽光発電を行いマイクロ波でその電力を地上に送るための実験を試みようとしている。探査衛星を飛行させる推進力としてプラズマを利用している。核分裂によるエネルギーで電力を得るよりもこれらの方法は安全である。何故ならこの地球内部ではマントルが動き何千年・何万年に一度の頻度で起きる超巨大地震・巨大カルデラ噴火・巨大隕石の落下・テロリストによる原子力発電施設の破壊などにより想像以上の放射能汚染が起きる可能性を否定できないからである。

科学はこの宇宙の中にあって我々がどういう存在なのかを次第に明らかにさせる。NASAの惑星探査機「ボイジャー」が土星の近くで観測した地球は青い色をした「生命の星」である。しかしその星の上では人間同士が争いあっている。ごくごく一部の人がその虚しさを知っているが、殆どの人々は自分たち人類がいずれ何十億もしないうちに滅びる運命にあるということを知らずにいる。そのごくごく一部の人たちは、いずれ人類が滅びる前に、人類の種を地球外で存続させるための研究や実験を行っている。これも「ヒト」種の生物である人類の自己保存行動である。人間は「ヒト」種の生物の人類である故に、生存のため悩む。

ところで科学の対岸にある宗教は、科学的に証明されていないことでも信じることを要求する。2600年前の仏陀の教えに忠実に従いながら、煩悩の人に心安らかに生きる方法を教えたのは親鸞である。真宗は妻帯肉食をし、人は煩悩の身であっても心から阿弥陀仏(Amitāyus Buddhaの音訳)を信仰し、善良に生きるならば、その人の現世が即ち浄土であり、来世でもその人は浄土に生まれる、と説いた。

このような教えは世界中どの宗教にも無い。「浄土」とは「五濁・悪道のない国・仏や菩薩が住む(光明と妙なる楽音と美の極致に満ちた極楽の)国」のことである。「真」なるものに触れ、「善」なる心を呼び起こし、「美」なるものに感動しつつ、阿弥陀仏に帰依している愛他・善行の人は、自らの「自己」を「保存」することができている人、と言えるだろう。


「真」「善」「美」については人それぞれに生き方や思想信条の違いなどによる違いがある。人それぞれに自己保存の在り方にも違いがある。しかし自分が「何処から来て何処へ行くのか」「自分は何者なのか」を知る知恵について悟ることができる人は自分自身である。人類が未来においてどういう運命になるのか誰も予測できない。故に極端なことを言えば宇宙は即ち阿弥陀仏であると考え、安心立命の生き方をする方が幸せではなかろうか。

2016年6月16日木曜日

エピゲノムの‘遺伝’


以下の括弧(“”)で囲ったところは、太田邦史著『エピゲノムと生命』(講談社)より抜粋・引用した部分である。

生命科学の専門的な記述部分は省略し、私の関心がある部分のみ以下に引用する。

従来、親の世代の形質がこの世代にDNAのコピーとして遺伝すると考えられてきた。ところが最近になって、環境によって獲得された形質の一部が、エピゲノムの記憶を介して次世代に引き継がれることが分って来たそうである。

エピゲノム修飾の大半は、生殖細胞DNAのメチル化・脱メチル化により消去されるものの、一部何らかの理由により消去されないものがあり、それが世代を超えて子孫に伝わるということである。

これは、親の世代で受けたストレスにより、子や孫の世代で何らかの問題が生じることを意味する。ストレスにはいろいろある。例えば凶悪な罪を犯す者も、その被害を受けた者も共に精神的・肉体的ストレスを受けるだろう。その影響は子や孫の形質や精神状態に影響を及ぼすだろう。顔つきや表情にも影響があるだろう。仏教の「前世」「現世」「来世」の三世にわたる「輪廻転生」が、現代の生命科学・脳科学により明らかになりつつあるようである。

エピジェネティクスの問題を国家や社会の問題として考えることが必要である。

“エピジェネティクスに関わる目印(化学修飾)は、ヒストンだけでなく、DNAにも付けられます。メチル基がDNAに付くことを「DNAのメチル化」と言います。・・(中略)・・

ゲノム刷り込みも、エピジェネティクスのメカニズムが関わっています。特に重要なのが、DNAのメチル化です。父由来、もしくは母由来の遺伝子の制御領域のDNAのどちらかにメチル化が生じると、その領域の遺伝子発現が抑制され、これによってゲノムの刷り込みが起こります。通常DNAに結合したメチル基は、DNA複製や細胞分裂を経ても、維持型のDNAメチル化酵素のはたらきで 修飾パターンが維持されます。

ところが、哺乳類が精子や卵を作る際には、せっかく確立されたゲノム刷り込みは、一度消去さえてしまいます。つまり、「ゲノム刷り込みの消去」とは、化学的な言葉で言えば、DNAに結合したメチル基が外される「DNA脱メチル化」が起こることなのです。

エピジェネティクスでよく話題にのぼるのが、母胎で胎児が成長している際に飢饉にあうと、その子は出生後、心臓病や糖尿病、肥満や、乳癌になりやすいという報告です。つまり、一人の人間の形質に、環境要因が世代を超えて影響を与えるというのです。・・(中略)・・

もともと、エピジェネティクスは「細胞の記憶」のしくみの一つです。ですから人間の認知機能においえ重要な位置を占める「脳における記憶」にも何らかの重要な役割を果たしていると考えられます。・・(中略)・・昔の出来事などを長期間記憶する「長期記憶」は「海馬」と呼ばれる脳内の領域のはたらきを通じて確立されます。具体的には、大脳皮質の神経細胞どうしの信号伝達が長期間継続的に強まることにより、長期記憶が成立します。神経細胞の信号伝達が強化される際に特定の遺伝子が継続的に発現するようになるのでしょうが、そのような遺伝子発現パターンの固定化に、ヒストンのアセチル化などのエピゲノム制御が関係しています。・・(中略)・・

遺伝学的に見れば、子は親のDNAを受け継いでいますので、姿形や病気になりやすさなどの一部の表現型は引き継ぐことになります。しかし、親の行いによって後天的に獲得した機能や特質(たとえば筋肉トレーニングでついた隆々とした筋肉など)は、子にそのまま伝わることはふつうありません。・・(中略)・・

「獲得形質の遺伝」という考え方は、すでに過去の遺物になっています。「獲得形質は遺伝しない」という考え方は、チャールズ・ダーウィン博士の進化論以降、生物学の常識とされています。ところが最近になって環境によって獲得された形質の一部が、エピゲノムの記憶を介して次世代に引き継がれることが少しずつわかってきました。つまり、「環境」と「遺伝」は相互作用するのです。・・(中略)・・

「胎児プログラミング」という考え方が提唱せれています。母胎での成長期に栄養飢饉や化学物質の曝露を受けることで、胎児のエピゲノムに影響が生じ、出生後もこれが記憶されて成人や次の世代になっても継続するという考え方です。・・(中略)・・

胎児期における飢饉の影響については、オランダのコート研究でさらに驚嘆すべき事実が判明しました。胎児期に飢饉の影響を受けた子らのうち、女性については、孫の世代で出生児の身長が低く、肥満度がたかくなるというのです。一方で、母胎で基金を経験した男児が成長して父になった場合、孫にこのような影響はほとんど見られませんでした。・・(中略)・・

これらの研究成果が社会に与える影響は絶大です。親がどのように生活したかで、子の人生に影響が及ぶというのが、科学的な根拠を持って語られる時代になったわけです。・・(後略)。”

“母胎で飢餓を経験した子らが成人して中高年になったとき、統合失調症や、肥満、心臓病、糖尿病などのメタボリック症候群になりやすいこと、さらには乳がんにもなりやすいことが明らかになったのです。

出生時の体重が少ない赤ちゃんが成人し、過剰な栄養を摂取すると心臓病やⅡ型糖尿病の発症リスクが高くなることが知られています。胎児期に栄養が不足していると、飢餓に対応するための遺伝子が活性化し、これが記憶されます。これにより、成人になった際、同じカロリーを摂取しても、通常の人間より効率的に利用することが出来るようになります。飢餓のときは良いのですが、現在のように飽食の時代になると、このような飢餓に対抗する遺伝子がアダとなるというわけです。

子育てに問題が生じると、その影響が子の気質に及ぶことが知られています。たとえば、自分の子をきちんと育てない「育児放棄」の母親の子や、親からの虐待にあった子は、成長して自分が子を持った時に、同じような行動に出る傾向があります。同様な現象がマウスでも観られます。

親世代のストレスが、子の人生にも影響を及ぼしている可能性があります。このような状況が、昨今の育児放棄の増加や、児童虐待の連鎖に結びついているとしたら、大変憂慮すべき状況であると考えられます。加えて、社会的遺伝という生物学的現象が、社会の階層化や格差の固定化や拡大に、人知れず貢献している可能性も捨てきれません。

エピゲノムはDNAによる生命情報の上の階層に、新たな記憶手段を上乗せするものであると述べました。生命情報はこのように漆塗りのように多層的な記憶システムを獲得してきたと言えます。最たる例は、人間の脳ではないでしょうか。エピゲノムで実現される細胞レベルの記憶を、さらに細胞間でネットワーク化することで、高度な記憶や認知機能を獲得してきました。人間は、さらに言語や外部記憶装置、コンピューターやネットワークを生み出すことで、高度でダイナミックな情報制御システムを構築するまでになりました。

エピゲノム修飾の大半が生殖細胞で消去されるものの、一部は世代を超えて伝わるという問題点が生まれました。これにより、育児放棄の連鎖、社会階層の固定化などの、負の側面が生じる可能性も出てきたことになります。”


 

2016年6月2日木曜日

量子意識


私は、「意識(consciousness)」というものについて、次のように考える。
①    意識は時間と空間を超越した存在である。
②    意識は「送り手(sender)」と「受け手(receiver)」の間で交流する。
③    既に生存していない人の意識は、受け手がその意識を受けようと意識すれば、その受け手に伝わる。

以下に、インターネットのウイキペディア(フリー百科事典)から“”で引用する。
“量子脳理論(りょうしのうりろん)は、脳のマクロスケールでの振舞い、または意識の問題に、系の持つ量子力学的な性質が深く関わっているとする考え方の総称。心または意識に関する量子力学的アプローチ(Quantum approach to mind/consciousness)、クオンタム・マインド(Quantum mind)、量子意識(Quantum consciousness)などとも言われる。具体的な理論にはいくつかの流派が存在する。”

“ペンローズ・ハメロフ アプローチ
理論物理学者のロジャー・ペンローズと麻酔科医のスチュワート・ハメロフによって提唱されているアプローチ。二人によって提唱されている意識に関する理論は Orchestrated Objective Reduction Theory(統合された客観収縮理論)、または略して Orch-OR Theory(オーチ・オア・セオリー)と呼ばれる。

意識は何らかの量子過程から生じてくると推測している。ペンローズらの「Orch OR 理論」によれば、意識はニューロンを単位として生じてくるのではなく、微小管と呼ばれる量子過程が起こりやすい構造から生じる。この理論に対しては、現在では懐疑的に考えられているが生物学上の様々な現象が量子論を応用することで説明可能な点から少しずつ立証されていて20年前から唱えられてきたこの説を根本的に否定できた人はいないとハメロフは主張している。


臨死体験の関連性について以下のように推測している。「脳で生まれる意識は宇宙世界で生まれる素粒子より小さい物質であり、重力・空間・時間にとわれない性質を持つため、通常は脳に納まっている」が「体験者の心臓が止まると、意識は脳から出て拡散する。そこで体験者が蘇生した場合は意識は脳に戻り、体験者が蘇生しなければ意識情報は宇宙に在り続ける」あるいは「別の生命体と結び付いて生まれ変わるのかもしれない。」と述べている。”

仏教では前世・現世・来世の因縁を説いている。真宗では絶対の真理である仏の報身仏である阿弥陀如来(阿弥陀仏)を信仰し、これに帰依すれば、現世において既に浄土に住み、来世においても浄土に住むと説いている。「この世」で正しく生きた人は、「あの世」で幸せになれる、しかし「あの世」で本当に幸せになれるかどうかは、その「あの世」での心がけ次第である、と説いている。「あの世」というのは、自分が死んだあと新しい命として生まれかわり、生きる世界である。

核DNA遺伝子による遺伝と、エピジェネティックな修飾による遺伝子の発現は自分の父母、その父母のそれぞれの父母と言うように過去を遡ったとき、その過去から伝わるものである。つまり過去世・現世・来世の三世の因縁は誰にもあるものである。

2016年4月14日木曜日

仏教の「因果応報」が証明される一例


以下の点線より下は、Windows10「マイニュー」から引用した記事の全文である。
人間は‘ヒト’という生物であり、動物である。
この‘ヒト’は、種を保存するため生物一般のメカニズムを持っている。
物事には‘原因’があり、その‘結果’がある。‘ヒト’が生物として行っていることは、動物の中で最高の知性をもつ‘ヒト’が、人間として煩悩に苦しむ報いを受ける。それも世代を超え、空間を超えて報いを受けるのである。

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【驚異の遺伝子学】昔セックスした男の遺伝子は女の体内に残り続ける!! Y染色体転移の恐怖とは?

 待ちに待った産婦人科でのご懐妊の一報から、やがて生まれてくる子どもを、人は夫婦の“愛の結晶”と呼ぶ――。だが驚くなかれ、愛に満ちた“共同作業”で生まれた新たな命は、実は夫婦だけのものではないかもしれないのだ。


■マイクロキメリズムとは?

 いきなりそう切り出されてもピンとこないかもしれないので、順を追って説明せねばなるまい……。

microchimerism1.JPG
染色体 画像は「Wikimedia Commons」より
 人間の性別を決定しているのは細胞の中にある性染色体で、男性ならXとYの染色体が並び(XY)、女性はX染色体が2つ並んでいる状態(XX)でY染色体がないことはご存知の方も多いだろう。これは現代の遺伝学の基本中の基本なのだが、実は女性の中にも血液細胞や生殖細胞の一部にY染色体を持っている人がけっこうな割合でいることが徐々にわかってきている。これはどういうことなのか。

 近年の研究によって、これは「マイクロキメリズム(microchimerism)」と呼ばれる状態であることがわかり、男児を出産した経験をもつ母親に起り得る現象であると説明されている。胎内にXYの性染色体を持つ男児を懐妊していることで、母体の側に男児のY染色体が移行したケースであり、その結果女性でありながらY染色体を持ったままその後の一生を送ることになるのだ。妊娠中、母子はお互いの遺伝子に影響を与え合っており、もちろん男児の側に母の遺伝子が移ってくることもある。

 少し前まで、このマイクロキメリズム現象によってY染色体を持つことになった女性は、男児出産経験のある女性に限ると考えられてきた。男児を懐妊するという、生体レベルで男性と“異心同体”になる経験がなければ、とてもじゃないがY染色体の移動は起らないだろうと思われてきたのも尤もなことだろう。しかしさらにサンプリング調査を重ねていくと、男児を出産した経験がない女性の血液細胞からもY染色体が発見されてくるようになったのだ。こうして事態は混迷の一途を辿る……。

セックスでY染色体を獲得!?

 遡ること2004年、この謎に迫るべくアメリカの「フレッドハッチンソンがん研究センター」で、男児出産経験のない120人の女性を対象に調査が行なわれた。被験者の女性たちの血液細胞を調べてみるとやはり、男児出産経験がないにもかかわらず、21%の女性がY染色体を持っていることがわかったのだ。

 因果関係を分かりやすくするために、この21%の女性を4種類に分類してみると、さらに興味深い傾向が分かったのだ。その4分類と、Y染色体保有の割合が下記だ(3%の女性は分類不可能のようだ)。

A=女児のみ出産した女性:8%
B=自然流産の経験のある女性:22%
C=人工流産(人工妊娠中絶)経験がある女性:57%
D=妊娠をしたことがない女性:10%

 流産の場合、胎児の性別が不明(あるいは確認しない)であることが多いと思われるため、BとCは男児を懐妊していたかもしれず、そのぶんY染色体保有率が高いのは納得がいく。しかしなぜCとBにこれほどの差があるのかはよく分からない。

 ともあれ注目すべきなのは、マイクロキメリズム現象を引き起こす要素がまったくないにもかかわらずY染色体を保有しているAとDだろう。そしてAとDがY染色体を獲得するには、以下のことが考えられるという。

1.気づかないで流産した男児からY染色体を獲得(該当していた場合)

2.双子(多胎児)の男の兄弟からY染色体を獲得(異性を含む多胎児の場合)

3.兄から母体を経由して兄由来のY染色体を獲得(兄がいる場合)

4.男性とのセックスでY染色体を獲得

 残念ながらこの研究はここで終わっておりさらなる調査を未来に託すことになったが、「4.男性とのセックスでY染色体を獲得」という可能性が指摘されたのは興味深い。妊娠に到らなくとも、セックスによって相手の男性のY染色体を獲得するかもしれないというのだ。とすれば、その後に別の男性と結婚して授かった子どもに、以前セックスした男性の影響が及ぶことも有り得るということになる。


■「ウイルス進化論」とは

microchimerism2.JPG
画像は「Wikipedia」より
 ある個体の遺伝子情報の伝承は、直接我が子を生むことだけにはとどまらないという考え方も以前から注目されている。人間を含む生物はウイルスを媒介にして遺伝子を交流させお互いに影響を与え合い、一部の遺伝子情報を書き換えているというのだ。そして生物の進化もまたウイルスの感染によって起きていると考えるのが「ウイルス進化論」である。

 ウイルスが媒介になりうるのなら、妊娠には到らないにしても濃厚な粘膜の接触(!)を伴うセックスが遺伝子レベルの影響を及ぼさないはずがないと考えるのは真っ当なことかもしれない。

 あえて誤解を怖れずに言えば、この「ウイルス進化論」は生涯独身でいることが濃厚な男女にとって希望の光かもしれない。生殖行為を行なわなくても、なんらかの形(!?)で自己の遺伝子を後世に残せる可能性があるからだ。また、最愛の人とゴールインする夢を果たせずに結婚生活を送る女性にとっても夢が広がるものになりそうだ。なぜなら過去に愛した人の“遺伝情報”が我が身に消えることなく刻みつけられており、授かった我が子に影響を与えるかもしれないからだ。とすれば、その後別れることになるにしてもしっかり身体に記録される1回1回の“恋の逢瀬”が、これまで以上に大切に感じられてくるのではないだろうか。行きずりの恋、一夜の過ちなら誰でもいい、というわけにはいかないことにもなるのでご留意されたし……。

(文=仲田しんじ)

2016年2月15日月曜日

エピジェネティクス(epigenetics)


仏教が説く輪廻転生と深く関係があるかもしれない生命情報科学・遺伝学上の知見について、以下に括弧(“”)で引用する。

“エピジェネティクス(英語: epigenetics)とは、一般的には「DNA塩基配列の変化を伴わない細胞分裂後も継承される遺伝子発現あるいは細胞表現型の変化を研究する学問領域」である。
多くの生命現象に関連し、人工多能性幹細胞(iPS細胞)・胚性幹細胞(ES細胞)が多様な器官となる能力(分化能)、哺乳類クローン作成の成否と異常発生などに影響する要因(リプログラミング)、がんや遺伝子疾患の発生のメカニズム、脳機能などにもかかわっている。

<エピジェネティックな過程の例>

DNAメチル化あるいは脱メチル化により、塩基配列情報自体には変化なく遺伝子発現のオン/オフが切り替わる

メチル化・アセチル化・リン酸化などの修飾によってヌクレオソーム中のヒストンに物理化学的な変化がおき、遺伝子発現に直接的(シス型)あるいは間接的(トランス型)に影響する”(『ウイキペディア』より引用)。

“遺伝子と環境の間。氏と育ちの隙間。そこにエピジェネティックスが作用する。そして環境からの情報を取り込むことで生じた一部のエピジェネティクスは、なんと次世代へと遺伝することが明らかになってきた”(『WIRED』より引用)。

 “薬物依存症やうつ病などの精神疾患では経験を通じて染色体上のスイッチが切り替わり遺伝子の活性が長期的に変わってしまうようだ[E.J.ネスラー(マウントサイナイ医療センター)]・・・(中略)・・・現在、私たちをはじめこの分野の研究者たちは、薬物使用や慢性ストレスがエピジェネティックな変化を引き起こし、脳の反応を変えることを示す証拠を見いだしつつある・・・(中略)・・・遺伝子のほかに薬物依存症やうつ病、自閉症、統合失調症などの精神疾患の遺伝的要因について、過去数十年間の研究で未解明のまま残されている問題の答えが、これらの疾患におけるエピジェネティックな影響を調べた私たちの研究によって明らかになりつつある・・・(中略)・・・

環境要因がどのようなメカニズムで精神疾患につながるのかという疑問が浮かび上がってくる。簡単にいってしまえば答えは明白で、「生まれ」と「育ち」の両方が脳の精神細胞に作用するということだ・・・(中略)・・・経験を通じて染色体上に化学標識が付いたり取れたりすることが精神疾患症の一因となっているようだ。こうした「エピジェネティック」な標識は、遺伝子の配列ではなく遺伝子の活性を変える・・・(中略)・・・

DNAは細胞核にでたらめに詰め込まれているのではなく、糸巻きに巻かれた糸のように、「ヒストン」と呼ばれるタンパク質複合体の周りに巻き付いている。このヒストンとDNAの複合体を「クロマチン」といい、そのクロマチンが折りたたまれて染色体を構成している・・・(中略)・・・クロマチンが折りたたまれていると、遺伝子を活性化する装置が近づけず、遺伝子は不活性のままだ。・・・(中略)・・・しかしある遺伝子が必要なときは、その遺伝子のある染色体領域のクロマチン構造がある程度ゆるんで、DNAの情報をRNAに写し取る転写酵素がアクセスできるようになる・・・(中略)・・・個々の遺伝子が活性化するかしないかは、クロマチンの化学修飾によってきまるのだ。このようなエピジェネティックな変化は、化学標識を付けたり取り除いたりする様々な酵素によって生じる・・・(中略)・・・この化学修飾はほんの短期間しか続かないこともある・・・(中略)・・・しかし多くの場合は何カ月も何年も付いたままになる。一生続くことさえある。こうした長期的な化学修飾は、例えば神経の連結を強めたり弱めたりして記憶を定着させるのに役立っている。

アセチル基やメチル基などの標識が付いたり取れたりすることによって、脳は環境の変化や経験に反応して適応できている。だが、このように有益なエピジェネティックな修飾が薬物依存やうつ病ではマイナスに働くことが、私たちや他の研究室の動物実験で明らかになりつつある・・・(中略)・・・

海馬のグルココルチコイド受容体は実際にコルチゾールの産生を遅らせるよう身体にシグナルを送っているので、DNAのメチル化によってこの受容体の数が減るとストレス反応が悪化し、不安や恐怖をより感じやすくなる。この性質は生涯にわたって続く・・・(中略)・・・

エピジェネティックな修飾がほかの多くの遺伝子にも生じており、それが養育のような行動における反応プログラムに関与し、ゆえに行動様式の親から子への‘遺伝’をもたらしていることが、今後明らかになっていくだろう。


こうした状況においては、ある世代のある遺伝子に生じたエピジェネティックな変化が、生殖細胞を介さずに事実上次の世代に伝わっていくような現象が起きる。母親の行動がこの脳内の遺伝子のエピジェネティックな調節を変え、そのせいで子が母親と同じ行動を取るようになる”(『日経サイエンス誌2012年3月号』より引用)。